2007年5月1日 岩手日報論壇
 「自分のサゼスチョン採ってくださった県に対して最後まで責任を持つべきだ。それは私の技術者としての誇りです。矜持(きょうじ)です」
 これは、簗川の洪水流量の再精査を決定した大規模事業評価専門委員会答申の付帯意見とされた委員長の発言である。この言葉に、私たちは大いに期待した。簗川ダム計画の根幹にある現状とあまりにも乖離(かいり)した計画規模に、やっと公正な検証のメスが入る。
 ところが(簗川流域懇談会で行われた精査報告は、期待を裏切る不完全なものであった。 「簗川流域内には雨量観測所が設置されていないため、精度を高めることができなかった」。精査に立ち会った先の委員長の弁解である。
 実際には、流域内には雨量観測所が三カ所設置されているが、精査報告書の記載からは漏れていた。そんな子どもだましで誰が納得するというのか。
 そのような不完全な精査ながら」新たに明らかに、された事実がある。専門的な話になるが、簗川流域に最も相関する洪水到達時間九時間から推計される洪水流量は毎秒400d程度であり、これは、既往四十年間の洪水を百年確率で統計処理した値と合致する。簗川ダム計画780dの約半分である。
 さらに、ダム計画書を綿密に検証した結果、重大な偽装が明らかにされた。洪水のはんらん想定は、既存の提防が洪水の際に決壊するという仮定の下に推定されるが、計画書に記された破提候補地点には提防が存在しなかったのである。
 このことは、これまで知らされてきたはんらん区域やハザードマップが大幅に縮小されることを意味する。従って洪水被害とダム建設費を比較しダムが安いとしてきたこれまでの計画は根底から見直す必要が出てくる。だが、このことが正式な場で議論されたことはいまだにない。
 また、二〇〇ニ年には洪水で下流左岸の提防が崩落したが、提防浸食の始まった時点では、簗川の流れは減少し始めており、提防崩落の原因は合流する北上川の影響が大きいと思われる。
 このことを受け、私たちは上流にダムを造ることがこの災害の防止にはならないことを度々主張してきたが、行政にそれを聞き入れる姿勢は全く感じられない。
 ただし、災害のあった場所の手前には土盛りを施してあり、表面上は私たちの声に耳を貸さない県河川課も、.内心は現状の計画に不安があるということをうかがわせる。
 このように、洪水対策としての簗川ダムは不要だと断言できるのだが、問題なのは、それをはっきり口に出して言える人間がいないということである。
 今、私たちに必要なのは、学者や専門家などという肩書ではなく「王様は裸だ」と言える勇気ではないだろうか。
 (盛岡市 シンガー・ソングライター)
inserted by FC2 system