ハリケーン 100万人避難生活 貧困層直撃


 「まるで発展途上国のような有り様だ」。ジャズの都として名高い米国ニューオーリンズ市の病院幹部はそう嘆いた。なぜ、超大国の近代都市が濁流に沈んだのか。なぜ、これほど多数の死者を出したのか。大型ハリケーン「カトリーナ」に襲われた現場では1日も救助活動が続いたが、死者数の増加は確実視されている。略奪などで治安も悪化しており、計約100万人が避難生活を強いられている。

 ニューオーリンズ市は水に囲まれた都市だ。北にポンチャートレーン湖、南にミシシッピ川が蛇行する。市域の約7割は海面より低い土地で、町をぐるりと囲む堤防が命綱だ。

 「長年恐れていた嵐がやって来る。一生に一度の経験だ」。カトリーナ襲来前の8月28日、ネーギン市長は最大限の警告を発し、避難「勧告」よりも強い避難「命令」を48万人の市民に出した。

 命令後、幹線道路は荷物を載せて市外へ向かうワゴン車などで数珠つなぎの渋滞に。ホテルの上の階の部屋を取って泊まる人も多く、どこも満室になった。

 29日、カトリーナは米本土に上陸。しかし、わずかに東にそれて同市の直撃は免れた。最も低地である貧困層の住宅地はそのころからすでに冠水したが、観光地の中心街は無事だった。

 だれもが最も不安を募らせた一夜が過ぎ、カトリーナの勢力も、最大風速が毎秒60メートルを超える超大型から衰えた。避難所になったフットボール場のスーパードームにいた約1万人の間でも一安心のムードが漂った。

 しかし、最悪の事態はその翌30日朝に起きた。北側の湖の堤防の一部が決壊。まもなく東側の運河の堤防も崩れた。2方向から市街地にあっという間に濁流が広がった。

 「最悪のシナリオを避けられたと思ったら、次に悪いシナリオに襲われた」。ネーギン市長は地元メディアにそう語った。緊張感がゆるんだ瞬間に町中が洪水に襲われた形だった。


 ●車なく足止め

 米テレビが現場を延々伝えた31日、水没した建物の屋根で手を振って助けを求める姿は、アフリカ系の人々が目立った。

 「避難しろと言われても、できなかった」とミシシッピ州のバス運転手は語った。避難命令後、車も現金もない貧困層では、自宅にとどまった人が多かった。市外に泊まる場所がない人も多く、そうした人々の多くは濁流にのまれたようだ。

 また、当局の警告にもかかわらず、たかをくくった人も多かった。屋根に避難して救助されたクィアナ・マックさん(28)は「去年も避難したけど何も無かったから、今回も大丈夫だろうと思った」と米紙に語った。


 ●滞った治水対策

 市当局が最も心配していたのは雨だった。同市の堤防と運河を組み合わせた治水システムは、水位が7メートル上がれば破綻(はたん)することが分かっていたからだ。

 ニューヨーク・タイムズ紙によると、もろい治水構造を改善すべきだとの議論が長年あった。今年はハリケーンが多くなることも予測されていたが、治水関連予算は逆に減らされていたという。

 ミシシッピ川を現地調査したことがある金沢大大学院の玉井信行教授(河川工学)は「治水計画を超える水が流れ込んだのだろう」とみる。

 「ニューオーリンズのような低平地では堤防を築くだけでなく、地盤を高くすることも必要だ。低平地の大都市をどうやって台風から守るか、日本でも参考にすべきだ」
(朝日新聞 9/2)

米ハリケーン被害 政府の対応に高まる批判


 ブッシュ米大統領は2日、大型ハリケーン「カトリーナ」による被害者救援の遅れに対する批判に応え、被災5日目で現地を視察した。しかし、洪水被害に対する認識不足による「人災」との見方も出ており、ガソリン価格の高騰と相まって、批判は与党内でも広がっている。大統領は出遅れ批判を意識して7日の胡錦涛(フー・チンタオ)国家主席との会談を延期するなど、外交日程にも悪影響が出始めた。中間選挙を約1年後に迎える大統領にとって、イラクの戦後処理と並んで重荷になりそうだ。

 被災州に降り立って初めて現場をじかに見た大統領は言葉を失い、目に涙を浮かべる場面もあった。日頃はめったに誤りを認めない大統領もこの日は「(災害対応は)十分でない」と認めざるをえなかった。

 3日朝には、通常は録音放送している毎週恒例の国民向けラジオ演説を、異例の生中継でホワイトハウスから行い、現役兵士7千人を被災地域へ追加派兵する方針を発表するなど、防戦に追われた。

 政府の対応については「トゥー・リトル、トゥー・レイト」(内容不足で手遅れ)との批判が日増しに強まっている。特にルイジアナ州ニューオーリンズは、全米で水害の危険が最も高いと指摘されていた。堤防の強化計画もあったのに予算が削られていたことがわかり、批判に拍車をかけている。

 大統領は「堤防の決壊はだれも予想していなかったと思う」と強弁しているが、サーベイUSAが31〜2日に実施した世論調査によると、68%が「対応が不十分」と回答。大統領支持率も40%で過去最低になった。

 野党民主党は世論の後押しを受けて「対応は適切ではなかった」(ペロシ下院院内総務)と批判を強めている。上院で公聴会を開き、政府の初動の遅れを追及する構えだ。与党の共和党内でも救助活動については「作戦ミス」(ビター上院議員)などの指摘があり、公聴会開催には応じる考えだ。

 大統領にとって手痛いのは、復旧にあたる州兵出動の遅れをイラク戦争と結びつけられてしまうことだ。米軍駐留の長期化で、イラクには本土防衛が任務の州兵までかり出されている。ルイジアナ、ミシシッピ両州の州兵は約3分の1がイラクに派遣されている。大統領は2日も「テロとの戦いと被害者救助は両立する。必要ならば他の州に頼めば派遣してくれる」と反論したものの、不信は簡単にぬぐえない。

 ボディーブローになっているのがガソリン価格の高騰だ。イラク情勢の混迷などで昨年から高値だったうえ、ハリケーンの被害拡大によるエネルギー供給不安が重なったからだ。ガソリン価格は米国民の最大の関心事の一つ。このままいけば、中間選挙の争点になりそうだ。

 92年8月に大型ハリケーン「アンドルー」がフロリダ州を襲った時、父のブッシュ大統領がやはり「対応が遅すぎる」と批判され、再選の足かせになった。被害規模の広がりによっては「カトリーナ」が中間選挙の足かせになるかもしれない。

(朝日新聞 9/6)

被害想定が現実に 予算不足で対策後手 ハリケーン被害

2005年09月03日06時07分

 ニューオーリンズ市でハリケーン「カトリーナ」が起こした災害の規模について、米連邦政府や州政府など関係当局は少なくとも5年前から想定し、机上演習も2回実施していたことが分かった。貧困層の人々が取り残される事態を含め今回現実になった問題がすでに確認されていたが、予算不足などで抜本的な対策はとられないままだったという。

 2日付ニューヨーク・タイムズ(電子版)や米南部の地元紙タイムズ・ピカユンが報じた。今年1月、連邦緊急事態管理庁(FEMA)幹部がスマトラ沖大地震・津波の被災地を視察したが、その際も、米国が学ぶ教訓としてニューオーリンズ市が最ももろいとの結論に達していたという。

 両紙によると、演習は00年と昨年7月に行われた。昨年の演習は、FEMAの肝いりで連邦、州、地方当局から計250人が参加。大型ハリケーンが同市を襲い、堤防から水があふれ、100万人が避難。市民の半数は屋根の上に取り残されるという想定で、今回の被害を引き写したようなシナリオだった。

 演習の結果、綿密な避難計画や、被災者の大規模な捜索・救出の計画づくりなどの必要性が確認された。さらに、車を持たない貧困層や高齢層など計約10万人は、事前勧告しても避難は難しいと指摘されていた。

 今回の災害で実際に多くの貧しい人々が取り残された。避難させる警察の人員は確保できなかったうえ、発生が月末だったことも響いた。政府の生活保護手当は月初めに支給されるため、貧困層には逃げる資金もなかったようだとニューヨーク・タイムズ紙は報じた。

 ただ、過去の演習は、いずれも堤防から水があふれることを想定しており、今回起きたような堤防そのものの決壊までは予想していなかったという。当局側は、ハリケーンの猛威が予想を超えていたと反論している。

 しかし、USAトゥデー紙も1日、「技術者らは災害を警告していた」とし、連邦政府がハリケーン対策予算を軽視していたとの記事を1面に掲載。シカゴ・トリビューン紙も予算不足の一因はイラク戦争にあると論じるなど、政府への風当たりが強まっている。

inserted by FC2 system