第2回 簗川ダムはいらない県民学習集会 2007年2月14日 於盛岡市勤労福祉会館
                                                                                         
 市民参加の流域管理 〜兵庫県武庫州の試み〜

                  奥西一夫(国土問題研究会理事長、京都大学名誉教授)


まえおき
 川は人と自然を育てる。そして人は川を育てなければならない。川を窒息させてはいけない。全国で,そして簗川流域で,人々の願いは熱い。
 今回は武庫川流域委員会に参加した経験に基づいて,市民参加の流域管理について考えるところを述べ,築川を愛する皆さんの参考に供したい。


武庫川について
 武庫川は六甲山の北側の三田盆地の周りの山地に降る雨を集め,狭い峡谷を経て宝塚から大阪平野に出る中規模河川(総延長約70km,流域面積約500km2,流域人口約100万人)。上流が緩傾斜,中流部が急傾斜,下流部がやや急傾斜という特異性を持ち,貴重生物種を含む独特の生態系を作り出し,人間に対しても愛着が持てる生活空間を与えている。一方,人口の多い阪神工業地域に流入することから治水上の要求もきびしい。


武庫川ダム計画と反対運動〜流域委員会設置の経過
1965年頃 兵庫県が利水目的の「生瀬ダム」を武庫川渓谷に計画
1987年       西宮,宝塚,尼崎,伊丹の各市が「水源を確保したので水は要らない」と最終回答。
県はダムの目的を「治水」に変更。
1992年    県はレクレーション多目的ダムとして武庫川ダムを計画。反対運動が起こる。
1997年 国交省が武庫川水系工事実施基本計画の変更認可。
1998年 県の事業評価監視委員会は武庫川ダムを「妥当」と答申。
2000年 県が環境影響評価概要書縦覧(意見書708通)
県の環境審査会が「事業計画を総合的な観点から検討する」必要があるとして環境影響評価を事実上差し止め。
2000年 県議会で貝原知事が「武庫川の治水対策に対する合意形成の新たな取り組みを行い、総合的な治水対策を検討する」と表明。後任の井戸知事もこれを継承。
2001年 シンポジウム「武庫川の新しい川づくりをどう進めるか」開催。
武庫川ホームページ、情報閲覧コーナーの開設。
2002年 県議会で「武庫川委員会」(仮称)設置を表明。
2003年 第1回「武庫川委員会」準備会議開催。
2004年 「武庫川委員会」準備会議から提言書。
2004年 第1回「武庫川流域委員会」開催、発足。

武庫川流域委員会のホームページ
http://web.pref.hyogo.jp/hn04/hn04_1_000000070.html
49回におよぶ委員会の資料,リバーミーティング議事録,ワーキンググループ討議,流域委員会の提言書およびその概要版,その他が収録されている。

武庫川流域委員会の紹介(提言書より)
(1)武庫川流域委員会の特徴
 流域委員会とは、前述の河川法改正により、住民や自治体、学識経験者ら多様な意見を反映させるための機関である。兵庫県内の二級河川だけで、2006年7月までに27の委員会が設置され、うち19カ所で審議を終えている。
 一般に流域委員会で取り扱うのは、今後20〜30年間の「河川整備計画」だけであるが、兵庫県の場合、武庫川を含むいくつかの流域委員会では「整備基本方針」から審議が行われている。とくに、ダム間題で厳しい対立が続いていた武庫川では、流域委員会によるゼロベースからの議論を「参画と協働」「住民参加による合意形成」のモデルケースにしようという意気込みが、井戸知事にも委員にもあり、下記に示すような特徴的な取り組みを行った。
(2)メンバーの構成
 流域委員会の委員は25名で、推薦委員が15名、公募委員が10名という構成である。
 中立的な立場で議論するため、推薦委員には利水関係者と、ダム計画に反対してきた住民運動からの代表がそれぞれ2名ずつ選ばれた。ほかの11名の推薦委員(うち1名は2年後の2006年3月で病気療養のため辞任)は学識経験者で、植物や生物、河川工学、地形土壌災害、農業利水、水環境学、法律、財政、まちづくりなどの専門家が参画している。公募の委員10名も、武庫川の環境問題や流域のまちづくりに長年取り組んできた人、環境やまちづくりが専門のコンサルタント、森林保全や砂防、河川行政に関わった経験を持つ人たちなど、それぞれに専門知識を持つ人たちである。
 これらの経緯から各委員は情熱を持って議論に参加し、後述するワーキングチームやワーキンググループでも独自に調査活動を行ってきた。これまでの中間報告も含め、流域委員会の提言、報告書はすべて、委員が共同執筆したものである。
(3)徹底した討論
 流域委員会は計49回におよぶ全体委員会のほか、専門的な課題に対応するため、さまざまな作業部会(ワーキングチーム/ワーキンググループ)を設置した。さらに、一般流域住民の声を聞き、委員とも意見交換をする場として2カ月に1回「リバーミーティング」を開催してきた。これらを合わせると、流域委員会の会合は220回を超え、延べ審議時間数は1000時間近くになった。全体委員会では毎回、多くの委員が積極的に発言し、活発な議論が繰り広げられた。
 作業部会としては、まず基本方針に盛り込む流出予測(基本高水の選定)を行うために流出解析のワーキングチーム(WT)を発足させた。さらに「農地・森林」「環境」「まちづくり」の3つのワーキンググループ(WG)をつくり、後述する武庫川カルテづくりなどの独自調査を行いながら、幅広い視野で武庫川のあり方を検討してきた。流出解析が一段落して、基本高水の選定に一定の目途が見えてきた時点で「総合治水ワーキングチーム」(WT)を発足させ、流域対策や既存ダムの治水活用、新規ダム計画などの課題を、一つひとつ検討してきた。
 こうした膨大な時間をかけたのは、徹底した「合意形成」を目指したからである。「住民合意のもとに川づくりをすすめる」という委員会設置の趣旨を尊重し、安易な多数決による意思決定は可能なかぎり避けて、大多数が納得できるまで議論を尽くすことを重視した。
 最終的に、新規ダムの取り扱いなど整備計画の一部分について、完全な意見一致はできなかったものの、当初は二分されていた意見が、終盤では圧倒的多数の意見に集約することができたのは、こうした地道な議論の成果といえる。
(4)「公開」と「自主運営」の原則
 流域委員会を始めるにあたり、運営や審議の基本として「公開の原則」と「自主運営の原則」を全員で確認した。当然ながら、合意形成のモデルとして透明性を確保し、審議の順序やスケジュールも委員自らで決めてきた。
 透明性を確保するには、情報の公開や積極的な広報を欠かせない。そこで、流域委員会として目指すべきコンセプトにもとづいたシンボルマークを作成することからはじまり、独自のHPを開設し、会合の予定や議事録をアップするとともに、紙媒体としてニュースレターも委員が自主編集し、発行した。
 全体委員会は全面的に公開し、議事録は原則2週間以内に(次回の全体会までに)HPにアップした。また、傍聴者にも会議の終わりに意見を述べる時間を設けたほか、傍聴者からの意見書も流域委員の意見書と同じに扱い、当日配布資料と一緒に出席者に添付し、ホームページ(HP)にもアップした。
 また、全体委員会の下に運営委員会を設置し、全体の委員会運営を自主的に行ってきた。運営規則を定めるところから始め、会議の日程や議題の選定など、開催回数は62回に上る。運営委員会は、委員長以下6名のコアメンバーやワーキンググループの主査で構成したが、25名の委員は誰でも出席し、発言できる仕組みをとった。

委員会審議の持つ意味
(1)「専門家まかせ」からの脱皮
 流出解析などの技術的な課題は、これまでは河川行政担当者と河川土木の専門家の間だけで議論され、一般市民からは“ブラックボックス”になっていた。流域委員会は、あえてこれら専門的な課題についても全委員の協議の対象とし、流出解析や異常気象、森林の洪水抑制機能についての勉強会を重ねながら、一般住民にも分かる言葉で審議に努めてきた。
 時には「こんな課題は専門家に任せておけばいい。専門外の委員があれこれ言っても時間を費やすばかりだ」という声もあがった。しかし、安易な「専門家まかせ」の姿勢が、現在の行き詰まり、すなわち技術的解決の限界や一般市民の無関心を招いたことを忘れてはならない。
 流域委員会では「専門家にまかせておけばよい(専門外のことは口出ししてはならない)」という従来の発想からの脱皮を図った。さらに、それぞれの専門家が自分の専門分野に閉じこもらず、総合的、分野横断的に議論する中で、新たな合意形成のモデルを目指した。効率は多少悪くなっても、異なる視点を持つ人たちが課題を共有し、多様な角度からの意見を交換し、わかりやすい言葉で議論していくということが持っ意義は少なくない。
 実際、「総合治水」を検討するにあたっては、河川整備だけでなく、防災や農業、環境、歴史・文化、都市計画など、分野横断的な視点や知恵が必要だった。こうした新しい政策課題に対しては、流域委員会が採った「専門家まかせにしない」「知恵を持ち寄って決める」というような姿勢が求められている。
(2)河川管理者(行政)との「協働」
 こうした「合意形成」は、委員同士はもちろんのこと、ともに長時間の議論を共有してきた河川管理者(河川行政担当者)との間にも必要とされていた。全体会議はもちろん、WT、WG、運営委員会等の会議には終始、委員の数を上回る県の担当部門の職員らが同席し、ときには委員との間で激しい議論を交わし、流域委員会と河川管理者との合意に向けての努力を重ねた。
 「総合治水」という新しい考え方は、河川行政の中では、まだまだ「総論賛成」の段階で、「各論」に落とし込むところまで至っていないということだろう。兵庫県にはすでに「ひょうごの森・川・海再生プラン」という分野横断的な政策があるが、これも、今回の総合治水も、縦割り行政の枠組みを突破しなければ具体的な進展は望めない課題である。

審議のフロー



基本的な考え方
 西洋の近代治水技術を取り入れたわが国の20世紀型治水事業は20世紀末に破綻し,河川法の改正を含む治水事業の転回を余儀なくされた。
 武庫川流域において特徴的なことは,河川改修によって洪水の危険が低下したにもかかわらず,産業構造の変化と人口の集中のために雨水流出が急増し,また水系への汚濁物質の負荷が急増して水質が悪化したことで,多面的な問題を突きつけられた状態になっている。
 1997年改正以前の河川法(旧河川法と略称)に基づく河川管理体系では,河川管理者は,このような問題を作り出した原因について異議申し立てをすることができず,もっぱら尻ぬぐいをする責任を押しつけられてきた。
 河川審議会答申にも言うように,その限界内では何をやっても水害危険度は増大し続け,河川環境は悪化し続けるという宿命から逃れられない。

 新河川法の下での治水の根本ポリシーは住民参加であるが,なぜ住民参加かというと,それは行政が民意を知らないからでも,住民をタダで使うためでもない。
 河川に対してマイナスのインパクトを与える諸現象に対して,河川管理者が「ノー」と言えるように,住民が後押しすることもその目的のひとつだと,私は考える。
 河川整備基本方針を策定するための武庫川委員会においてもこの考え方を堅持することが必要と考える。


治水に関する検討
 治水とは,本来文字通り水を治めることであり,流況制御や利水や河川環境の保全も含むものと考えるが,旧河川法の下では水害防止を指すものとされ,新河川法の下では治水,利水,環境保全の三本柱が言われているので,ここではそれに倣う。ここで治水だけを取り上げるのは私の専門から来る制限に他ならない。

 武庫川の治水で最重点とすべきは下流,特に最高潮位よりも標高が低い低平地部分の水害防止である。「武庫川水系工事実施基本計画」(平成9年)でもこれを重視しているが,観点が一面的で効果のない治水計画になっている。上記地域で危倶される水害は(1)武庫川の溢水,(2)武庫川の破堤,(3)堤内地の排水不良,による氾濫である。上記「基本計画」では100年に1度の洪水による溢水だけを考えているが,将来の予測としてはそれ以前に南海トラフでの大地震による堤防破壊とその直後に襲う津波を考えなければならない。
 また洪水でも,計画高水流量以下の洪水で破堤する心配は払拭されていない。さらに合流式下水道の処理能力を考えると,それよりもはるかに少ない雨量で氾濫が起こる可能性が大きい(議論を兵庫県直轄部分に限定するのは不可である。水害は縦割りでは起こってくれない)。

 既存の「基本計画」に沿って治水工事をおこなうと,武庫川下流の洪水流量は100年に一度程度の豪雨の際には溢水しない範囲に収まる。しかし上述のように破堤による氾濫が起こりうる。
 さらに10年に1度の豪雨を基準に河川整備がなされている三田地区やその他の上流地区では確実に氾檻し,100年に1度として想定されている洪水は武庫川ダム地点には到達しない。すなわち武庫川ダムは治水に役立たない昼行灯となる。

 このような初歩的な検討結果だけでも,確率降雨に基づく基本高水を錦の御旗として一面的な治水計画を立てることの愚かしさは明白である。むしろ,水害危険度が高い地域を対象に,総合的な治水対策を段階的に整備して行くべきであり,そのための整備基本方針を策定すべきである。


従来の工事実施基本計画の見直し
 新河川法と河川審議会答申に照らし,武庫川の河川整備基本方針を策定するに際し,旧河川法に基づく「工事実施基本計画」(以下では「基本計画」と略記)は根本的に見直す必要がある。現在河川管理者が持っている治水計画に関する資料のほとんどは「基本計画」策定のために作られたものなので,流域委員会としてもこの見直しは避けて通れない問題である。
見直し点1超過洪水対策に関連して
 「基本計画」が全く触れていない超過洪水については,十分な調査と検討が必要である。超過洪水対策として,スーパー堤防の建設や氾濫水の処理,耐水構造などのハード対策が考えられるが,それ以上にソフト対策が大きな役割を演ずると考えられる。
 また本来,計画規模以下の出水に対してもソフト対策は必要であるが,「基本計画」はソフト対策には全く触れていない。したがって,従来とは全く異なった角度からの検討を必要とする。超過洪水対策の検討と,流域の現状に照らして,基本高水の規模(洪水の回帰年数)を決めるべきである。
 
 「基本計画」のもとの治水計画では,いずれ必ず起こる超過洪水に対しては全く対策がなく,極めて無責任な治水計画である。さらに基本高水の決定に際して,不確実な外挿と悉意的なカバー率の選択により,基本高水の意味が唆昧であり,流域住民はどういう場合に超過洪水が起こり,その結果どのような水難(ハザード)が起こるのか,全く知り得ない。これも治水計画として無責任極まるものである。これらの二重の無責任構造について徹底的な分析と対策の提言が必要である。


見直し点1河川環境に関連して
 「基本計画」が全く触れていない河川環境の保全について,新しい視点から十分な調査をし,整備基本方針に反映させる必要がある。この点については他の委員の提案を待ちたい。

見直し点1流域の実態について
 「基本計画」には流域の実態について略述されているが,環境、治水,利水の間のバランスを考えるために必要な調査・検討をやり直す必要がある。特に時間軸の導入が全くないという問題点を解決する必要がある。
 地質的な時間スケールにおいては地質・地形・生態学の観点が不可欠である。具体的には第四紀の六甲変動によって作られた武庫川渓谷を境とする上流部と下流部の断絶の問題であるが,それ自体が流域全体の自然環境に大きい影響を及ぼしているほか,武庫川ダムの取り扱い如何によっては,峡谷部の生態系が変化する他,峡谷を通じての生物の交流が変化し,流域全体の生態系に大きい影響を及ぼすことが考えられる。
 歴史的な時間スケールでは,砂防,森林管理が雨水流出と土砂流出におよぼす影響,さらにこれを通じての生態系への影響がある。これらは「基本計画」に欠落した観点であり,十分な調査と検討が必要である。
 「基本計画」では土地利用と水需要については実態が記述され,河川管理はそれを受動的に受け入れ,責任だけを全面的にかぶることが暗黙の前提になっていたが,このような「聖域」論は排除されなければならない。

見直し点1ハード対策とソフト対策に関連して
 「基本計画」ではいきなり基本高水流量が示され,それに沿って武庫川ダムによる調整と3地点における計画高水流量の配分が記載されている。これはソフト対策抜きの治水計画であって,根本的に見直す必要がある。
 すなわち,環境と利水の問題に目配りしながら,どのようなハード対策とソフト対策を行うかを検討してから,ハード的に対処すべき計画洪水規模を決定するのが合理的計画手法である。このようにすれば,統計的安定性が保証されないような過大な引き延ばし率を使って外挿計算をする必要もないし,カバー率を恣意的に決める必要もない。  さらに見直し点1で述べた無責任構造がかなり解消される。そして決定された整備基本方針と整備計画が実施された時の洪水リスクが明確になり,個人や事業所や地域コミュニティにおける対応が容易になる。
 「基本計画」では,基本高水の決定のための流出解析は貯留関数法という,前世紀的な手法が使われており,武庫川委員会では徹底的な見直しが必要である。

見直し点1ハード対策に関連して
 遊水地がつぶされたり,河川改修に伴って河道の貯留性と粗度特性が変化し,河川の従前の機能を損ねたりしていることが指摘されており,水文,水理及び生態環境の点から,検討が必要である。
 また生態系を考慮した河道設計の検討が全域的に必要である。現行の武庫川ダムの説明では洪水時に水は貯留するが土砂は貯留しないという,絶対に実現できないようなことを想定した設計になっているようであり,深刻な土砂災害が発生しうるほか,下手をすると計画通りの洪水調節ができないおそれもある。
 上述のように「基本計画」では3地点の計画高水流量しか示されていないが,環境,治水,利水については県管轄の区間に限らず,流域全域にわたって責任ある河川整備が行われる必要があり,そのためには各支川の整備と本川の整備の間を整合させるための河川計画論的な検討も必要である。

見直し点1ソフト対策に関連して
 武庫川流域のソフト対策の検討については,ゼロからの出発となるため,審議の行く末を正確に見通して論じることが難しいが,旧河川法に基づく「基本計画」が,河川整備が完成すればリスクが一切なくなるかのごとき幻想をふりまく無責任なものであるのに対し,これから策定される整備基本方針では,流域住民がどのような形でリスクを分担すべきかという困難な課題を回避できない。
 この場合,上流から下流にわたってすべての住民が質的にも量的にも同一のリスクを分担するという計画にはなるはずがないので,現在起こっているのと同様,危険地帯に住む住民と安全な地域に住む住民が生じるのは必然である。そこから来る社会的矛盾を解決するためには,災害補償その他,社会的公平さを実現するための専門的検討を必要とする。乱開発とでも呼ぶべき急速な土地開発の規制についても検討する必要がある。
    



治水計画の目標=流域住民の人格尊重
 治水計画の基本的な目標は流域住民の生命を守ることである。財産を守ることは人格権・生活権と関連し,同様に重要であるが,それを含めて,流域住民ひとりひとりを守ることが重要であって,特定地域の住民だけを守ることを目的にすることは不適当である。また流域住民を「マス(mass)」と見なすことも不適当である。
 その意味で流域を重要度によって区域分けし,特定地域以外の住民の生命を軽視してはいけない。特定地域の安全を目的にした防災を一概に否定するものではないが,それを基本目標として議論を始めるというのは本末転倒である。

治水安全度の設定
 治水安全度は流域全体に対して設定されるべきである。計画基準点について基本高水流量を決定したりするのは技術的便宜に過ぎない。
 河川法改正の趣旨にしたがい超過洪水を考慮すべきである。また,計画と現状が必ずしも一致しないことから,計画以下の洪水も考慮する必要がある。すなわち,計画規模の洪水だけを考えればよいと言うものではない。
 現実離れした治水安全度を設定すると,「住民ひとりひとりの命を守る」治水計画が技術的に不可能になる。このような場合には治水安全度の見直しが必要である。治水安全度は高いことが望ましいが,無理な背伸びをしたような治水安全度の設定は必要でない。

計画降雨の設定について
 雨量統計から基本高水を決定するプロセスは複雑すぎる。武庫川では流量統計を活用すべきであり,流量統計の限界を補うために雨量統計と流出解析を使用することを原則にすべきである。
 流出解析は・支流を含めて流域内のすべての洪水流量を検討するため,また土地利用の変化に伴う洪水流の変化を予測するために活用すべきである。

流出解析・流出予測について
 潜在的被災者の観点から何が生命を脅かすかをきちんと同定することがまず必要である。一面的な観点に立った治水計画はナンセンスでしかない。




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